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BSディベート・小学校の英語教育

昨晩、NHKのBS番組「どうする小学校の英語教育」が放送された。録画したつもりだったが、設定を間違い失敗してしまった。気を取り直して番組のサイトを見ると、4人の出演者の主張の趣旨と、一般から寄せられた意見や討論が掲載されていて、なかなか読みごたえがあった。

私も幼い子供がいるため、英語の早期教育に徐々に興味を持つようになってきている。といっても今のところ何もしていないのだが、今回の番組のサイトで触れた内容なども含めて、感じていることを少し書いてみたい。

まず、今回の出演者もそうだが、非常に高度な英語力を持つ専門家の間に、かえって早期教育に反対する傾向が目立つように思われる。そして、こうした反対意見は、英語に苦しんでいる一般の人や、実務を通じて今の英語教育に危機感を感じている英語の非専門家などの視点から距離があるため、こうした人たちの疑問や要望に応え、納得させるものとはなっていないように感じている。

例えば今回の番組で、元通訳者の鳥飼玖美子教授は、小学生の英語教育に反対する理由として、

- 言語はある程度の年齢までに始めないと習得できないという臨界期説は実証されておらず、早く始めれば英語がペラペラになるというのは幻想。
- 帰国子女であっても、子供の英語から脱皮しておとなの英語を習得するには、きちんとした学習が不可欠。
- 小学生にちゃんとした英語を教える能力がある教師を揃えることはできない。

などをあげている。しかし、これらはどれも、小学校での英語教育が不要だということを示す直接の理由にはなっていないと思う。

臨界期説が証明されていないとしても、それは早く始めても意味がないという論拠にはならない。また、大多数の人は、「子供の英語」「おとなの英語」を云々する以前のレベルで苦しんでいるのではないだろうか。教師の問題は、現実的にはそうだろうが、早期教育自体の是非とは直接つながらない話だと思う。

また、一般の人からはサイトに、「言葉はツールであり、そこに載せる中身がなければ意味がない」という声が寄せられていた。これもよく耳にする意見で、英語力を重視する人、英語そのものには重きを置かない人、双方から聞かれるように思う。立場は違えど、「英語だけではだめだ」という点では共通しているわけだ。

私も表現する中身が大切だということに異論はない。しかし英語学習に絞って考えた場合、中身とツールを関連づけて同じ土俵で論じるのが果たして適切なのだろうかとも思う。

何よりも、「いくら素晴らしい中身を持っていても、それを表現するツールがぼろぼろでは意味がない」、あるいは「いいたいことはあるのだが、それを表現するツールが心もとない」という方が現実に近いのではないだろうか。

その一方で、一部の「早期英語教育」にも、個人的には眉をひそめたくなるものを感じる。私の偏見かもしれないが、わが子の発音をネイティブ(というより、アメリカ人)と同等にし、身振り手振りもアメリカ人のようになることに価値を見出しているとしか思えない親もいるようだ。将来、アメリカに永住するのならそれでもいいのだろうが。こんな風に言うと、「何が悪い」「余計なお世話だ」といわれてしまうのがオチだろうか。

ということで、私も「早期教育是か非か」については、明確な考えがまとまっていない。反対論者の意見に説得力を感じないとはいえ、逆に早期英語教育に効果があるといえるのかも今のところよくわからない。白黒つけられないというのは非常に日本的で、それこそ国際社会では通用しないかな、とも思ってしまうが、どうにも仕方がない。

早期教育といっても、今回の番組のように小学校からが(あるいは、小学校からで)いいのか、それより以前に始めると何か違いが期待できるのか、またどのように教えるのがいいのかなど、まだ定まった説もないように見受けられる。

言葉はその国の文化と不可分、という考え方もあるだろうが、一方で、英語を国際理解の手段として教え、また擬似英語人を育成するのが目的でないとしたら、日本の事象・文化を織り込んだ早期英語教育のあり方や教材が、もっと研究されていいのでは、と思う。もちろん私が知らないだけなのかもしれないが。

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「光陰矢の如し」を意味するラテン語由来の言葉が tempus fugit です。
学習・趣味・仕事で英語に触れていつの間にか三十数年。英検1級とTOEIC900点超を取得した今も上級者への道は遠いですが、これまで出会った印象深い単語や表現について書いていきます。

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