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「まだらの紐」という困った邦題について

再びシャーロック・ホームズ物語について少し書くことにする。先日、「グロリア・スコット号」という作品の中に、謎解きが英語と密接に結びついているため翻訳するのが難しい暗号が出てくることに触れたが、翻訳の難しさを示す別のホームズ物語として頭に浮かぶのが、第1短編集「シャーロック・ホームズの冒険」に収録されている「まだらの紐」 The Speckled Band である。
多少ネタばれになるが、この "the speckled band" とは、被害者がこときれる前に発した言葉(いわゆる「ダイイング・メッセージ」)で、殺人事件を解く重要な鍵となる。そしてホームズは最初、事件について間違った見立てをする。それは、この band を「集団」「人々の集まり」という意味に取ったからだ。 しかし、現場に実際に赴いたホームズは、自分の当初の推理が誤っていたことに気づく。そして物語はクライマックスを迎え、"the speckled band" の正体が明らかになる。 原題を見ただけでは、band がいったい何を意味するのか読者にはわからないはずだ。だからこそ謎となるわけである。しかし具体的なイメージを示す「(まだらの)紐」という題名だと、その謎(つまり、作品の面白さ)を幾分かは削いでしまうことになる(見方によっては、かなり「ネタばれ」に近いともいえる)。 これまでの翻訳を見ると、「紐」や「集団」に、「バンド」という振り仮名をつけて、原文では同じ言葉が使われていることを示しているものがほとんどだ。創元推理文庫で刊行中の最新のホームズ全集を手がけているベテラン翻訳者の深町眞理子氏もそうしている(しかも”集団”の方は、「群れ」「一団」と訳し分けている丁寧さである)。 band の訳をめぐるこの問題点は、ホームズ物語の日本の愛好家の間ではよく知られたものだと私は思う。ならばいっそのこと、「まだらのバンド」にしてしまえば済む話ではないか、という人もいるだろう。しかしこのタイトルには違和感を持ち、異論を唱えるホームズ・ファンが多いはずだ(あれこれ書いてきた私自身そうなのだから、わがままなものである)。 この作品は、日本では早くから「まだらの紐」として定着し、過去の翻訳もみなそれにならっているように、他のタイトルは考えられないほどになっている。慣用の力はかように強いもの、そうした点でも困った邦題である。 書店で手に入る翻訳をいくつか見比べてみたところ、ここで工夫を見せていたのが、角川文庫の石田文子氏の訳だった。被害者は「ひも」ではなく「ひと」といったのかもしれない、と登場人物に言わせている。「ひも」を「ひと」と間違えることがあるのか、とまじめに考え込むのなら別だが、原文からそれほど離れずに同じ意味を伝えているし、うまいものだな、と思った。ただタイトルは「まだらのひも」で、やはり伝統を踏襲している。 さて、「まだらの紐」は、ホームズ譚の中でも人気作として知られる。手元にあるホームズの薀蓄本を見ると、原作者ドイル自身がこの作品をホームズ譚の自薦第1位にあげているし、英米で行われた過去の複数のアンケート調査でナンバー1に輝いている。ところが、日本の過去2回のランキング調査ではいずれも第3位となっている。 上位であることに変わりはないが、The Speckled Band として読み、その正体を知って驚く英語圏の読者と、最初から「まだらの紐」という題名を見て読む日本語の読者の差がいくぶんかは出ているのでは、というのは考えすぎか。ちなみに先日取り上げた、私のお気に入りの「銀星号事件」 Silver Blaze は、英米のランキングではどれもベスト5入りしているが、日本の投票では10位以内には入っておらず、個人的には何とも解せないところだ。 個人的ランキングでいえば、「まだらの紐」は、私も確かに上位にランクできる作品だと思うが、一方で、ちょっと評価が高すぎないか、とも考えている。 まず、私はそもそも「ダイイング・メッセージ」ものがあまり好きではないので、自然と点が辛くなってしまう。「いまわの際にある人間が、こみ入ったメッセージを残すものか?」と感じてしまうのである(まあ、そんな固いことを言ったら、どんなミステリでも読めなくなってしまうが)。そして、「まだらの紐」という言葉は、いかにも作り物っぽく響く。 また、作中に現れる怪人物が火かき棒を素手でへし曲げ、それをホームズがぐいと元に戻すシーンなど、どうにもマンガチックだし(そこがいい、というファンもいるかもしれないが)、ホームズ譚の魅力のひとつである、ホームズとワトソンのかけ合いも、この作品では飛び抜けて面白いとは思わない。 そうは思っているが、「まだらの紐」と対峙する場面の描写は、やはりよく書けていると思う。「バスカヴィル家の犬」のクライマックス、そして「四人の署名」に出てくるテムズ川での船の追跡と並んで、ホームズ譚の中で印象的なシーンのひとつだ。 グラナダTV版ホームズのシリーズの制作者もそう考えたのか、TV版「まだらの紐」では、最後にこのシーンを本編とは別の映像で再度描くという大盤振る舞いをしている。グラナダの映像版ホームズは、最後の数編を除いてどれもよくできていて楽しめるが、この「まだらの紐」は特に楽しんで鑑賞した。 この作品の翻訳をめぐって最後にもうひとつ書くと、ホームズが最初に誤った推理をしたのは、"a band of gypsies" が現場周辺にいたという証言があったことによる。過去の訳は、どれも「ジプシー」としていると思うが、深町氏や石田氏、そして以前取り上げた日暮雅通氏の全集を含めて、最近の翻訳はすべて「ロマ」とか「ロマ族」としている。もう「ジプシー」は使ってはいけないことになっているらしい。そこまでする必要があるのか、とも思ったが、PC の問題は複雑なので、あまり深入りしないことにしよう。 過去の参考記事: シルヴァー・ブレーズ(銀星号)の掛け率について ホームズ全集の新訳が完結
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「光陰矢の如し」を意味するラテン語由来の言葉が tempus fugit です。
学習・趣味・仕事で英語に触れていつの間にか三十数年。英検1級とTOEIC900点超を取得した今も上級者への道は遠いですが、これまで出会った印象深い単語や表現について書いていきます。

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