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「英語の授業は英語で」

少し前に報じられたことだが、高校の新しい学習指導要領案で「英語の授業は英語で行う」という方針が打ち出された。私の周囲でも先日ちょっと話題になったので、これについて自分なりに考えてみたい。

印象論で思いつくままに話を進めるのは簡単だが、それは慎むべきで、やはり内容を把握しなければならないと考え、まず文部科学省のサイトで新学習指導要領案を確かめてみた。

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/news/081223/002.pdf

生徒が履修する英語の教科名は、「コミュニケーション英語基礎」「同?〜?」「英語表現?・?」「英語会話」となっている。さらに専門学科として「総合英語」「英語理解」「英語表現」「異文化理解」「時事英語」を置くことができるという。

私の高校生の頃は「リーダー(英文解釈)」「英文法」「英作文」などに分けられていたが、それは過去の話、今は「聞く・話す」や会話により力点を置いた内容になっていることは聞き及んでいる。今回はさらにこうした傾向を推し進めるということであろうか。

そして、「英語による授業」については、次のように書かれていた(なお専門学科の教科についても、多少言い回しが異なるだけで、事実上同じことが他のページに書かれている)。

英語に関する各科目については,その特質にかんがみ,生徒が英語に触れる機会を充実するとともに,授業を実際のコミュニケーションの場面とするため,授業は英語で行うことを基本とする。その際,生徒の理解の程度に応じた英語を用いるよう十分配慮するものとする。(p.93)


「たったこれだけか」というのが正直な感想であり、やや拍子抜けした。期待していたのは、今回の改定に至った理由づけやどのような議論があったかであり、サイトの他の部分を含めてどこかに書かれていないかと思ったが、少なくとも私には見つけることはできなかった。ともかく、これを材料にいろいろ考えていくしかない。

さて、「授業は英語で行う」と聞いた時に私がまず思ったのは、「それで十分な説明ができるのか」という疑問だった。

つまり、高校ともなればかなり高いレベルの英文を扱うはずだが、その構造なり意味なりを原語でしっかりと説明するには、教える側に相当高度な力が必要だろうし、それを理解することが求められる生徒もしかり、である。不十分な説明しかできないのなら、しっかりとした理解にはつながらないのではないか、と考えた。

しかし、実際に学習指導要領案を読んでみて、「英語で行うことを基本とする」「生徒の理解の程度に応じた英語を用いるよう十分配慮する」と表現されているのが目をひいた。

いかにも役所的な言い方だと感じるが、平たく言えば、「受け持っている生徒がわかる範囲の英語を使うことを基本にせよ」ということだろう。つまり、「生徒が理解できないような英語は使わなくていい」ということになるのではないか(これを「教師は自分でもしんどいような難しい英語を無理に使う必要はない」と言外に言いたいのだ、と考えるのはちょっと深読みしすぎだろう、と一応は書いておこう)。

また「基本は英語」ということは、例えば複雑な内容を説明する際などは(基本から逸脱して)日本語を使ってもいい、というようにも受け取れる。教師が英語をどう使っているかを評価・査定することもないようだ。

結局は、「英語で授業」といっても、必ずしも高度なレベルを想定をしているのではなく、教師が実際に授業をどのように行うかはあくまで現場に委ねられている、ということではないだろうか。

ならば、そうした授業をすることに意味があるのか、という問いが頭に浮かぶ。今回の改訂について私の周囲では、「英語での授業なんて意味はない」「まったくお役所の考えることは」という声もあった。しかし、私はそうは思わない。とりあえずはやってみる価値はあるのではないか、と考えている。長くなってきたので、その理由については次回に続けたい。

なお、私は英語教育や高校教育を専門にしているわけではないので、事実誤認や勘違いをしているかもしれない。その際は指摘していたけたら幸いである。

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「光陰矢の如し」を意味するラテン語由来の言葉が tempus fugit です。
学習・趣味・仕事で英語に触れていつの間にか三十数年。英検1級とTOEIC900点超を取得した今も上級者への道は遠いですが、これまで出会った印象深い単語や表現について書いていきます。

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