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「生物と無生物のあいだ」

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書)

  • 作者: 福岡 伸一
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2007/05/18
  • メディア: 新書
話題になっているので手に取ったが、個人的にはどう評したらいいのか困る本であった。よく理解できない部分と、引き込まれるようにして読んだ部分との落差が大きすぎる。また著者も、名文家なのか、ある種気取った文章を書くだけの人なのか、どちらともいえるようで、正直よくわからなかった。
理解できない部分については、ひとえに私が根っからの文系人間であるためだ。著者は随所で「なるほど」と思わされるたとえを使ったりして説明しているのだが、内容がちょっと高度になると私にはもうお手上げである。目が活字のうえを素通りしただけという感じだった。 一方で、生物学上の重要な発見について経緯を説明した科学史的な部分や、研究者たちの間の苛烈な競争、また研究生活をめぐる裏話は何とも興味深く読めた。象牙の塔にこもって真理の探究にいそしんでいるようにみえる研究者も、実は人間くさい人たちであることがわかった。 次に文章についてだが、科学者が一般向けに書いた本には、論旨が明確で無駄がないという点で、文系の職業ライターに勝るとも劣らないと思うものがある。しかしこの本の作者は、そうした「わかりやすい文章を書く科学者」のひとりとして単純に括るわけにはいきそうにない。 この本についていた帯には推薦文が掲げられているが、そのひとつは「文章のうまさ」を指摘したうえで、「サイエンスと詩的な感性の幸福な結びつき」と書いている。その通り、およそ「科学者らしくない」表現や文章があちこちに見られる。しかもその「うまさ」は表現技巧的なものというより、帯にあるように、まさに著者の感性に基づくものだと思わされる。物事をどうとらえ、どう切り取ったかに、著者の独創性を感じるのである。 例えば、ニューヨークとボストンの違いを比べた部分があるのだが、ボストンに欠けていて、ニューヨークだけが持っているものは何かについての著者の見方と、それを綴った文章は読み応えがある。 そして、本の最後に置かれている「エピローグ」。生物についての解説や、アメリカでの研究生活といった、それまでの内容から一転して、著者の子供時代の回想になる。本編を終えた後の息抜き的・つけたし的な内容かと思って読んでいくと、実は本全体のテーマをしっかりと締めくくるものになっていることがわかって驚かされる。しかも、小説家が書いたのではないかと思えるほど筆が冴えていて、二重に驚くことになる。 では手放しで名文家だと思えるかというと、ちょっと物言いをつけたくなるところもある。ここまで凝った表現やたとえをする必要はないのではないか、と感じるところがちょくちょくある。まったくの推測だが、著者は(先も書いたように)技巧を狙って意図的に書いたというより、そうした文章や表現が自然に頭に浮かぶ人で、それを素直に記しているのではと思う。しかし個人的には、読み進めるうちにそれが鼻についてくるという感も拭えなかった。 また、科学者だからかもしれないが、カタカナ語がやたらと目立つ。それも専門用語だからというのではなく、日本語で十分意味が通じそうなところに、外国語をカタカナにした振り仮名をつける。私はこうした表記が嫌いなので、ちょっと点数が辛くなってしまう。 というわけで、せっかくの名文と思われる部分を相殺してしまう「艶消し」としか受け取れないところもあって、私としては困惑してしまったのである。さらに、面白く読めた部分があった一方で、この本のテーマを把握できたとはいえないので、読者として自分は失格といえる。そういった点で、どうとらえていいのか自分の中で決めかねた話題作であった。 最後に内容とまったく関係ないことを書くと、講談社現代新書は数年前に装丁を刷新したが、どうにかならないものかといまだに思っている。作品ごとに違う以前のデザインは相当経費がかかっていただろうから、その削減のためかもしれないが、単純すぎるデザインと毒々しい色使いの新しい装丁は、あまりに魅力がない。内容本位で考えるべきだ、という人もいるだろうが、私は本やCDに「パッケージソフト」としての魅力を求めるほうなので、どうも気になるのである。
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tempus fugit

Author:tempus fugit
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「光陰矢の如し」を意味するラテン語由来の言葉が tempus fugit です。
学習・趣味・仕事で英語に触れていつの間にか三十数年。英検1級とTOEIC900点超を取得した今も上級者への道は遠いですが、これまで出会った印象深い単語や表現について書いていきます。

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