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2つの「アルジャーノンに花束を」(続・印象に残った翻訳)

アルジャーノンに花束を

アルジャーノンに花束を

  • 作者: ダニエル キイス
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1989/04
  • メディア: 単行本
前回、印象深かった翻訳として「さゆり」を紹介したが、今回はもうひとつ、Daniel Keyes の「アルジャーノンに花束を」"Flowers for Algernon"の翻訳について書いてみたい。よく知られた人気作だと思うが、この作品には2つの版があり、翻訳者も異なっている。 まず中編の形で1959年に、そして長編が1966年に書かれた。筋は基本的に同じである。知的障害のある主人公が、革新的な脳手術によってIQが飛躍的に増大する。しかし、それによってこれまで気づかなかった人間や社会の醜さが見えるようになり、そして、思いもよらなかった悲劇に見舞われる…というものだ。 私は高校生の時に長編で初めて読んだ。それまで題名は聞いていたが、翻訳があった中編は当時すでに入手困難になっており、長編が翻訳されたのを知ってすぐに購入した。評判通り、読み応えのある作品だった。
物語は、中編・長編とも主人公が書いた一人称の「経過報告」の形で語られていくが、最初のページを開くとちょっと驚く。低学年の小学生が書いたような、ひらがなばかりで間違いの多い文章が並んでいるからだ。そして手術が成功したあとは、文章が少しずつ正しく、ニュアンスも複雑になっていく形で、主人公の知能が増大していく様子が表現されている。原文では、スペリングの誤りだらけの稚拙な文章が徐々にまともになっていく形を取っている。 中編・長編とも、翻訳はうまく工夫されていて印象的だ。少し引用して比較してみよう。
(長編の原作冒頭、中編もほぼ同じ)
progris riport 1 martch 3
Dr Strauss says I shoud rite down what I think and remember and evrey thing that happins to me from now on. I dont no why but he says its importint so they will see if they can use me.

(長編の翻訳)
けえかほおこく1 ― 3がつ3日
ストラウスはかせわぼくが考えたことや思いだしたことやこれからぼくのまわりでおこたことわぜんぶかいておきなさいといった。なぜだかわからないけれどもそれわ大せつなことでそれでぼくが使えるかどうかわかるのだそうです。ぼくを使てくれればいいとおもう。

(中編の翻訳)
けいかほーこく1 ― 一九六五三がつ五か
ストロース先生はこれからかんがえたりおこったことをぜんぶニッキにつけろとおれにいう。どうしてだかわからないが先生のいうにはとても大セツなことだそうでそれをみておれをつかうつかわないをきめるのだそうでつかってくれるといいな。
長編と中編の翻訳で目を引く違いは、「ぼく」と「おれ」である。そして長編では、手術が成功したあと主人公は「私」を使うようになる。一方、中編の翻訳者は、知能が増大しても「おれ」で通している。 読んでみると、やはり長編の「ぼく」・「私」という口調や呼称の変化が効果的で、読者を作品に引き込む力となっていると感じた。先に出た中編の訳のスタイルに沿いながら、それに寄りかからず、独自のイメージを描くことに成功している。日本での「アルジャーノン」の人気とそのイメージも、この翻訳によって形作られているといえるのではないだろうか。 とはいえ、中編の翻訳で一貫して使われる「おれ」の方も、読み進めるとある種の味わいを感じるようになる。知能指数は変化しても個性までは変わっていないことが示されているようで、主人公を襲う悲劇がかえって印象づけられる。中編の翻訳者がそこまで狙ったのかどうかはわからないが、少なくとも原文から主人公に「おれ」を感じ取ったわけで、それはそれで面白いものである。 ところで私の家には5つの「アルジャーノン」がある。初めてアメリカに行ったときに2つの版の原著を手に入れた。最初に買った長編の翻訳は一時行方不明になったので、文庫で出た時に買い直した。さらに中編の翻訳を収めた「心の鏡」も文庫化されたので購入、という調子である。 そして今回、長編の単行本と文庫本をちょっと比べてみたら、翻訳者が文庫化の際に訳文に手を入れていることがわかった。 例えば、言葉遊びの部分があり、単行本ではそのままカタカナでルビにして説明的に表していたが、文庫本では原文の意味を捨てて日本語に即したものに変えてあり、より自然な文章になっている。翻訳ではよく「訳者あとがき」に「文庫本収録にあたって訳に手を入れた」などと書かれているが、そうした例というわけである。 とはいえ「アルジャーノン」の文庫本には、珍しく「あとがき」や「解説」の類がついていない。残念なのは、長編の単行本にあった解説で、以下のようなちょっとしたエピソードが紹介されていたのだが、それが文庫本では省かれたことだ。 中編の「アルジャーノン」は、SFの分野で権威のあるヒューゴー賞 the Hugo Awards を1960年に受賞したが、その式典で作者ダニエル・キースは、「どうしてこんな傑作が書けたのか」という質問を受けた。その答えは、単行本では日本語の訳で紹介されていたが、原語ではこういったという。
"If you ever figure out how I did it, tell me, so I can do it again."
心の鏡 (ダニエル・キイス文庫)

心の鏡 (ダニエル・キイス文庫)

  • 作者: ダニエル キイス
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1999/11
  • メディア: 文庫
Flowers for Algernon

Flowers for Algernon

  • 作者: Daniel Keyes
  • 出版社/メーカー: Mariner Books
  • 発売日: 2004/06/14
  • メディア: マスマーケット
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tempus fugit

Author:tempus fugit
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「光陰矢の如し」を意味するラテン語由来の言葉が tempus fugit です。
学習・趣味・仕事で英語に触れていつの間にか三十数年。英検1級とTOEIC900点超を取得した今も上級者への道は遠いですが、これまで出会った印象深い単語や表現について書いていきます。

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