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カズオ・イシグロの「日の名残り」〜映画と小説

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(2009/11/04)
アンソニー・ホプキンズ、エマ・トンプソン 他

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先日ちょっと触れた Kazuo Ishiguro の The Remains of the Day は、彼の小説の中でも最も愛好者が多いのではないだろうか。 映画化もされていて、原作をかなり忠実に描いている。イギリス英語がふんだんに味わえるこの映画をDVDで久しぶりに鑑賞した。以下、小説とも比べながら、感じたことを少し書いてみたい。以下、ネタばれがある。

原作は執事 Stevens のさまざまな回想を綴ったものだが、やはり映画とあってか、小説で描かれるテーマのひとつである、主人公と女中頭との間の微妙な関係(=表に出さない恋愛感情)に一番の重点を置いているように思える。ストイックなまでに自分を抑えて雇用主に仕え、時にもの哀しく、時に滑稽な印象すら与える執事を演じた Anthony Hopkins、女中頭の Emma Thompson、いずれも見事だ。「恋愛シーンのない恋愛映画」、「大人の恋愛映画」といえようか。私もずっと若い時にこの映画を観たとしたら、これほどの印象は受けなかっただろう。

実は、最初にこの映画を観る前は、小説から受けていた執事のイメージが、アンソニー・ホプキンスにうまく重ならなかった。何せホプキンスといえば、「羊たちの沈黙」 The Silence of the Lambs と続編の「ハンニバル」 Hannibal で演じた怪人レクター博士の印象が強かったからだ。しかし、この映画を見終わる頃には、ホプキンス=レクター博士、というイメージは拭い去られていた。

女中頭との関係と並んで、もうひとつ描かれるのが、第2次大戦前の情勢とからんだ雇用主との関係である。邸宅の主 Lord Darlington は、ドイツに宥和的な態度を取れば戦争を回避できると、裏舞台の「国際会議」を画策するが、結果的に裏切られる。自己を殺してまで主人に仕えるのが執事のあるべき姿と考えるスティーヴンスは、主人の考えに疑問をはさむことを自分に許そうとしない。

映像作品では、いろいろな要素を両立させようとすると、かえって全体の焦点がぼけてしまうことにもなりかねないが、この映画はうまくバランスを取って表現されているなと思った。こうした要素がないと、単に2人の男女の中途半端な恋愛を描いた映画に終わってしまうだろうし、逆にこちらを強く出すと、変に政治的な色合いを帯びてしまうかもしれない。あくまで、主人公の弱さをうまく引き立てる形で描かれていたと感じた。

ちょっと残念だったのは、小説では、休暇を取った主人公が田園地帯を車で走りながら過去を回想していく形を取っているが、映画ではイギリスの美しい田園風景はさほど出てこない。やはり焦点を絞るためか、走行シーンをやたらと挟むわけにはいかなかったのかもしれない。

ラストシーンは、小説と映画で異なっている。原作は、夕暮れ時の桟橋で終わる。主人公に年配の男性が語りかける "The evening's the best part of the day." という言葉が印象的だ。少し引用してみよう。

Don't keep looking back all the time, you're bound to get depressed. And all right, you can't do your job as well as you used to. But it's the same for all of us, see? We've all got to put our feet up at some point. (中略)

You've got to enjoy yourself. The evening's the best part of the day. You've done your day's work. Now you can put your feet up and enjoy it. That's how I look at it.

スティーヴンスの人生の黄昏、さらには執事を含めイギリスの伝統というべきものの黄昏も感じさせる終末であるが、主人公は前向きな考えを持とうと決意する。

一方、映画では、主人公は休暇旅行から戻って新しいアメリカ人の主人(今は亡き Christopher Reeve が演じている)と邸宅にいる。2人が室内に迷い込んできた鳩を窓から放すと、カメラは外のエアショットに切り替わり、田園に囲まれた邸宅をズームアウトで写していく。これはこれで、小説とは違った印象的な結末だ。

それまであまり田園風景を出さなかったのは、このラストシーンのために意図したものだったのだろうか、美しい田園が取り巻く広い外の世界へ飛んでいった鳥と、邸宅の中の世界に自己を閉じ込めている主人公との対照があくまで哀しかった。

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tempus fugit

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「光陰矢の如し」を意味するラテン語由来の言葉が tempus fugit です。
学習・趣味・仕事で英語に触れていつの間にか三十数年。英検1級とTOEIC900点超を取得した今も上級者への道は遠いですが、これまで出会った印象深い単語や表現について書いていきます。

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